JOA Journal No40 2019.夏
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サムライオステのまた欧米かよ! レジェンドと一緒に 予定外のミシガン湖への寄り道の後は、当初から予定していたミッチェルファミリー訪問へ向かう。 12時30分、ランシング市に到着。朝の渋滞も上手に回避して少しだけ早く到着した。残りの30分でテイクアウトしたランチは、車内で済ませた。僕らは深呼吸をして、オステオパシーレジェンドの一家の門を気持ちを込めて叩いた。 家のドアを開けてくれたカイ・ミッチェル先生は、笑顔での「元気かい」と挨拶をしてくれた。カイ先生はミッチェルのMET技術を受け継ぐ3代目で、オリジナルのMETを世に伝えている人だ。その隣には、彼の娘さんとお母さんも気持ちよく挨拶してくれた。家の中へ招かれて、テーブルの方へ進むと、伝説のフレッド・ミッチェルJr.先生(以下フレッド)がこっちを向いて座っていた。 今回のそもそもの訪問理由は、METのテキスト3冊をミッチェルファミリーから直接購入するためであった。祖父に当たるミッチェルSr.(シニア)が見つけたMETを2代目のフレッド・ミッチェルJr.が仲間と共に研究を深め、3代目のカイ先生がフレッドと一緒にテキストの共著者として執筆したという代物だ。 しかしそれだけが理由ではない。90歳になったフレッドに直接会って、偉大な功績である研究についてと、オステオパスとしての経験談を自分の耳で聞いてみたかった。そこからさらに深掘りして質問をしたいと考えていた。彼らに会うのは本当に初めてのことだったので、簡単な挨拶から始めた。 が宿ると感じた。そして90歳という高齢者とは到底思えないほどの、リスニング力と洞察力を持っている。そして僕の質問に対して返ってくる答えも、僕の心に悟らせるように、シンプルな英語で伝えてくれた。 90歳を過ぎたフレッドは、僕とカイ先生が会話している内容にはさほど興味はなさそうに、椅子の背もたれに体を預けているように見えた。しかし、僕がオステオパシーについての自分の拙い経験やそれに関連した悩みを伝えると、彼の目ははっきりとしてきた。そして次第に背筋をピンとまっすぐと起こされて、真剣な眼差しでこちらの話に耳を傾けてこられた。 フレッドという巨匠は、ゆっくりとした口調でロジカルに順序良く話してくれる。とてもソフトな喋り方で、普通の顔をしながら失敗も含めた彼の経験を包み隠さず教えてくれた。フレッドの行ってきたオステオパシー教育、治療法、研究に関する一連の活動には失敗が付き物だった。しかし彼は失敗を恐れず行動し、今も僕に淡々とその話をしてくださる。ともすれば封じてしまう人も多いだろうが、こうして自分の失敗も含めてさらけ出す生き方ができる人間には、何故か人を惹きつける強い魔力

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