JOA Journal No40 2019.夏
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サムライオステのまた欧米かよ! 自分の手を置くことで何かを感じ取ろうとした時、オステオパシーという哲学がどのように生まれ、のちにオステオパシー医療になっていった経緯を思い出した。これはあくまでも、自分勝手な見解だけれど、若くして子供達を亡くしたスティル博士、そして早く亡くなっていった子供達の思いやスピリット(いのち)は、僕らの哲学が創られていく過程で必要不可欠であったのだろうと思う。そう思った時、かすかにお墓の石が温かく感じた。 アーミッシュ家族と出会って またしても、ジェーソンのひらめきと行動が、僕らを新たな経験へ連れていってくれた。読者は、アーミッシュという集団がアメリカに点在するのをご存知だろうか。以下はWikipediaからの引用。 --------------------------------------------------------------------------------------------------- 「遡ること19世紀後半に、彼らはアメリカ合衆国へ移民として、ペンシルバニア州の土地に入植していく。アーミッシュ(英語: Amish[2]、ドイツ語: Amische[3])は、アメリカ合衆国のオハイオ州・ペンシルベニア州・中西部などやカナダ・オンタリオ州などに居住するドイツ系移民(ペンシルベニア・ダッチも含まれる)の宗教集団である。 移民当時の生活様式を保持し、農耕や牧畜によって自給自足生活をしていることで知られる。原郷はスイス、アルザス、シュワーベンなど。人口は20万人以上いるとされている」 --------------------------------------------------------------------------------------------------- アーミッシュの人たちは、現代のテクノロジーを駆使したアイテムは一切使わない。電気を使わないので、電話、テレビ、ラジオ、洗濯機、掃除機、車など全く使用しない。ジェーソン曰く「彼らの生活スタイルは、1800年代後半と一緒だから、人の痛む箇所やパターンは、その当時スティル博士が治療してきたような患者さんと一緒のはずだよ」。それを聞いて、自分の心拍数は上昇した。 そしてそのアーミッシュの集団が住むエリアは、スティル博士の持っていた農場から、車で5分ぐらいの所にあった。集団とは言っても、200人ぐらいの規模が、そのエリアに住んでいるということだ。今回僕が立ち寄ったアーミッシュ家族の隣100メートル先には奥さんの姉家族が住んでいて、遠方への移動は全て馬車で行う。そのさらに150メートル先には、普通の農家の人が住んでいる。そして、僕らが知る自家用車をはじめ、トラクターや電気を使った農機具なども普通に使っているようだった。アーミッシュらは独自の言語を持っており、スイス地方のドイツ語とオランダ語を混ぜたような言葉を話していると言うことだ。そして、通常のアメリカ人や僕らのような英語を話す人間に会った時にだけ、英語を使う。

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